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競馬 思い出の歴史

時代は移り変わる。けれども今も変わらぬことがある。それは武豊がトップを走り続けているということ。そして、彼は日々進歩しているということ。

時代は変わった ドゥラメンテと武豊 宝塚記念Ⅰ

 ドゥラメンテ

  その鞍上にはデビュー以来一度も武豊が居たことはなかった。クラブ馬であることがその理由であろうか。それとも、堀厩舎であることであろうか。武豊が怪我をしていた訳でもないのに。それが宝塚記念のファン投票でトップにならなかった理由であろうか。

キングカメハメハアドマイヤグルーヴ 

母父サンデーサイレンス 母母エアグルーヴ

ミスプロ×SS  

今をときめく主流血統であることは言うまでもなく、この血統を見ないレースはないと言っても過言ではない程繁栄している。が、彼は多くのミスプロ×SSとは一線を画す。

 

アドマイヤグルーヴ  母母エアグルーヴ 

母、母母共に武豊とGⅠを制した。

エアグルーヴといえば、

「エアか、バブルか、バブルか、エアか」

あの97年の天皇賞秋での繰り広げられた叩き合い。叩き合いの末の勝利は“牝馬は牡馬より劣る”という当時の評価を覆すものであった。

 そして、JCでも“オンナ馬には2度続けて負けられない”とバブルガムフェロー陣営は口にしていた。そして、岡部幸雄がしっかりエアグルーヴをマークし、エアグルーヴにやられたことをそのままやり返す筈だった。エアはバブルを躱したが、ピルサドスキーとの差は最後まで縮まらなかった。最後まで。世界とのハナ差だった。それは、日本競馬の世界との絶対的なハナ差であった。しかし、世界と渡り合った彼女はもはや、名牝ではなく名馬であった。

そのエアグルーヴの仔アドマイヤグルーヴは、

母と同じ武豊が手綱を取り牝馬クラシックでは桜花賞は1人気推されながらも出遅れて追い込みも虚しく0.3秒差の3着。シャダイカグラの再現にはならなかった。続くオークスでは桜花賞で出遅れた上に強烈な末脚でコンマ3秒の3着に追い込んだことで直線の長い府中ということもあり、1人気に推された。が、またしても出遅れ。後方待機を余儀なくされ直線に賭けた。が、アドマイヤグルーヴは大外を回したことにより7着であった。遙か先ではスティルインラブが先頭でゴール板を駆け抜け二冠馬となった。一番良い脚で伸びていたが、掲示板にすら乗らないという惨敗であった。夏を越えて秋緒戦。ローズステークスではスティルインラブが1人気でアドマイヤグルーヴは2人気であった。ヤマカツリリーの大逃げでレースはスタートした。アドマイヤグルーヴはスタートを五分に出て好位をスティルインラブ外に見る感じであった。そして、直線内から抜け出したアドマイヤグルーヴは直線入り口で5,6馬身あった差を強烈な末脚で差し切って勝利。スティルインラブアドマイヤグルーヴから遅れること0.5秒の5着であった。アドマイヤグルーヴの強烈な末脚とスティルインラブが馬群に沈んだこと。この結果は秋華賞で再びアドマイヤグルーヴを1人気にさせるものであった。結局、アドマイヤグルーヴはクラシック全てで1人気に推されたことになる。レースでは良いスタートを切ったアドマイヤグルーヴスティルインラブをマークする様な位置取り。直線で先に動いたのはスティルインラブであった。アドマイヤグルーヴはそのすぐ後に追い出したが僅かに届かなかった。スティルインラブには追いつけず結局、史上2頭目のメジラモーヌ以来の17年ぶりの牝馬三冠馬の誕生であった。アドマイヤグルーヴは、クラシック全てで1人気に推されながらも結局先頭でゴール板を駆け抜けることはなかった。その後、エリザベス女王杯。今度こそとGⅠでのスティルインラブを破っての勝利に執念を燃やす武豊と陣営。レースは2頭共中団で進め直線に入ったが、スティルインラブと共にアドマイヤグルーヴは上がってきた。2頭の叩き合いの末脚僅かにアドマイヤグルーヴスティルインラブを退けてのGⅠ初戴冠であった。エリザベス女王杯でで漸く屈辱を晴らした。翌年も勝ちエリザベス女王杯を連覇した。

 

 しかし、武豊が自らの著書でも以前より乗りたいと言っていたアドマイヤグルーヴの仔。その 鞍上にはトップジョッキーで今尚、日本一の馬乗りであり、世界のユタカはいない。今後、残念ながら、外国人礼讃のサンデーレーシングの馬とあっては彼が乗ることは考えにくい。メインレースでブラックスピネルで勝っていたが、サンデーレーシングは、やはり、外国人優先であろう。が、一つだけ方法があるとしたら一口馬主武豊を望むこと。だが、あまり現実的ではないかもしれない。身も蓋もないことを言うようだが、ミルコはイタリア競馬でしか活躍していない。ネアルコ、フェデリコ・テシオ。この2つで説明できると私はイタリア競馬をそう認識している。クリストフは兎も角ミルコは…。人柄は良いかもしれない。下手ではないが、武豊程ではない。武豊の凄さ。これは言うまでもない。スーパークリークに始まり乗り難しいイナリワンシャダイカグラ桜花賞ナリタタイシン皐月賞。掛かりやすいトゥザビクトリーの脚質を先行から差しに脚質転換させて馬群から離し、最後差し切って後続の追随も凌いでの初戴冠。何よりオグリキャップを復活させたのは若き天才武豊である。オグリの調子が上がらないことを聞くと、「芝で調教して下さい。」というとその御蔭でオグリはラストランを前に再びオグリの闘志に火が付いた。

そして、伝説は起きた。

 

 ドゥラメンテの鞍上に武豊がいないこと。

 これは日本競馬は今、何かが狂い始めている証拠ではないだろうか。