競馬 想い出の歴史

時代は移り変わる。けれども今も変わらぬことがある。それは武豊がトップを走り続けているということ。そして、彼は日々進歩しているということ。

蛯名正義とエルコンドルパサー 宝塚記念 レース回想 Ⅰ

   蛯名正義エルコンドルパサー

 レース前には気づかなかった。いつもは、母父まで1頭残らず、ぬかりなく血統を見ているにも関わらず。

 

   母父エルコンドルパサー  鞍上は蛯名

蛯名と共にGⅠエリザベス女王杯を制したその牝馬宝塚記念に挑戦。これだけで、“ここを勝って凱旋門に。”と期待してしまう。にも関わらず、これをレース前に気づくことはなかった。ただのそこそこ力のありそうな馬券に絡みそうな牝馬。という認識しかなかった。2,3着は十分ある。としか思っていなかった。勝つ時に限って何故かいつも見ていることを見逃してしまう。

 快勝であった。着差はないものの他馬に圧倒的な力の差を見せつけての勝利であった。その姿は、決して牡馬に引けを取らないものであった。牡馬に引けを取らないという表現では彼女に失礼だ。牡馬も牝馬も強い馬に関係ない。牡馬より強い牝馬は当然いる。しかし、その数は決して多くない。その数少ない1頭だということを今回、彼女は証明した。

 マリアライトは強かった。“凱旋門へ”と期待されていたドゥラメンテよりは遥かに強かった。ドゥラメンテは外へ持ち出さなかったことで、結局、馬群を捌けず2着であった。そして、馬群を割ろうとしたドゥラメンテは2着で、大外を回したマリアライトが勝った。マリアライトドゥラメンテより強かった。強い馬は、余計なことをすると負ける。外へ持ち出さなかったことで、結果的には、勝負にならなかった。上がりこそ最速なものの、もう1度やってもマリアライトドゥラメンテ負けることはないだろう。マリアライトはそれだけ強い。マリアライトと勝負になったのは、あの重い馬場で59秒1のハイペースで飛ばし、クリストフの早仕掛けによりロングスパートになっての勝ち馬マリアライトから半馬身差であったキタサンブラックぐらいであった。キタサンブラックは負けて強しの内容だった。が、他は散々であった。先行勢は総崩れ。追い込んで来たのは、ラブリーデイマリアライトドゥラメンテだけであった。

 マリアライトは強かった。それだけに、凱旋門へ行って欲しい。今年は日本馬に有利と言われているシャンティーである。BCターフへ向かうと陣営は言っているらしい。しかし、

 蛯名正義エルコンドルパサー

この血統であるから、やはり、“日本の悲願を。”と思ってしまう。それは、蛯名正義という男が、最も凱旋門賞勝利ジョッキーに近かったから。それは、蛯名正義という男が、最も悔しい想いをしたから。その凱旋門賞を制覇したいという想いは、誰よりも強い。早くから海外に目を向けていた同期の武豊にもその想いは劣らない。日本調教馬が凱旋門賞を初制覇する時の鞍上は、彼ら二人の内のどちらかであって欲しい。

 あの勝ち馬が2頭いたと言われた凱旋門賞で、惜しくも敗れたエルコンドルパサー蛯名正義。そのエルコンドルパサーを母父に持つマリアライト古馬牝馬古馬の牡馬より1.5kg軽い56kg。3歳牡馬は56kgでマカヒキより2kg重い。が、宝塚記念でのあのパフォーマンスができれば、何の問題もない。大外を回して、もう二度とターフで見られなくなったドゥラメンテを倒したあの鬼脚をシャンティーで繰り出す姿を見たい。それは、決して、ドゥラメンテの代わりではない。日本競馬の代表としてのマリアライトを。日本の古馬の代表として。彼女が、堂々と世界と渡り合う、いや、世界を圧倒させる姿を。日本競馬の世界制覇はすぐそこまで来た。