競馬 想い出の歴史

競馬といえば、武豊

エイシンヒカリの敗因 彼の物語はここで終わらない

 エイシンヒカリの敗因。それは彼が彼だったから。彼には日本は狭すぎた。分刻みでレースの予定通り馬をゲートに入れ、始まる前は大きな歓声。人間中心主義の競馬。人のための競馬。競馬というスポーツはいつも人間のためにある。人間のために、人間の理想の最強の馬を見たいという欲望を元にサラブレッド作られた。けれども、その恣意的な中にも、馬が最高のパフォーマンスを出せる環境を作り、馬を第一に考える馬優先主義の欧州競馬。一方で、商業を第一に考える人優先主義のアメリカ競馬とその影響を受けた日本競馬。エイシンヒカリエイシンヒカリだった。窮屈すぎる日本競馬は彼には合わなかった。ゲートに入れるのに何十分もかけ、馬が入りたくなるまで待ち、ゲートもゆっくり出て、直線からレースが始まる競馬。彼にはそれが合っていた。彼は、日本で生まれるべき馬ではなかった。凱旋門も出たらきっと勝っていた。競馬に、勝負に“たられば”は通用しない。結果は変わらない。けれども、“たられば”を考えるから、語り合うからこそ、勝負のスポーツの競馬の厳しさと非情さと少しの感動に夢を感じるのではないだろうか。エイシンヒカリは香港Cへ、世界へと挑戦する。けれども、エイシンヒカリの物語はここで最終章ではない。本当の勝負はこれから。種牡馬として、新しい舞台で彼の真価が問われる。競馬はブラッドスポーツだと言われる。その言葉に、競馬の真髄が、本質がある。どんな名馬であっても、その血を後世に残せない血統は廃れ、その馬自身もいつしか忘れ去られる。けれども、名種牡馬は必ず血統表に名を残し、人々の記憶に必ず留まる。ディープインパクトは間違いなく名馬ではあった。だが、名種牡馬とは言えるまでにはなっていない。まだ、絶対的な後継種牡馬は出て来ていない。その上、SS系はセントサイモンの悲劇と同じ道を辿りつつある。セントサイモンの悲劇がSS系に起きたとしても、名種牡馬Sunday Silence は確実に日本馬の血統表に残る。ディープインパクトの後継種牡馬として、一度は世界の現役最強馬になったプライドで意地で、名種牡馬になって欲しい。エイシンヒカリが一流馬である証を。種牡馬として示して欲しい。SS系の実績ある種牡馬ディープインパクトブラックタイドキズナと同じ限られたSS系の血を持たない数少ないパイを争わなければならない。未来は決して、明るくない。日本国の未来が明るくない様に日本競馬界の未来も明るくない。SS系の未来も明るくない。けれども、悲観する必要はない。彼の底力を信じてもいいではないだろうか。何年後か、彼の産駒がいつの日か、一度は目標にした凱旋門賞を鞍上武豊で獲る日を。そう期待してしまうのは、私がエイシンヒカリが好きだからだろうか。ディープインパクトの日本競馬界の悲願をと思ってしまうのは、少し気がはやり過ぎているだろうか。これからが勝負。エイシンヒカリの真価が問われる。